主イエスの名のため
すると、パウロは答えた。「あなたがたは、泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことも覚悟しています。」(使徒の働き 21:13)
パウロの安否を気遣う人々がいて、パウロが宣教に出ていくことに反対した。
すると、パウロは「あなたがたは、泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。」と言った。
私たちの身を案じて色々と私たちに話をしに来る人たちがいる。私たちのことを心配してくれるのはありがたいし、忠告や警告に耳を傾けることも大切なことである。しかし最終的に大切なことは聖霊の声に聴き従うことだ。
聖霊の導きは、人々の懸念や心配を上回り、確かな道である。人々は感情的に泣いたり、あるいは心をくじくような反対意見を述べるかもしれない。当然私たちが頑固になるのも良くない。
私たちが何をするにしても、聖霊の導きであるならば、私たちはイエスの名のために遣わされる場所で縛られるだけでなく、死ぬことも覚悟することが必要だろう。場合によっては逮捕されたり、死ぬことも起こり得る。現に殉教していった人々も歴史の中にたくさんいる。過激な破壊行為をして自らの命を失うことが殉教ではなく、愛を表し、他人の命を尊び、他人の幸福のために仕え、キリストの福音を伝える中で捕らえられ、結果として命を落とすのなら、神が私たちもまた周りの人々の霊を慰めてくださる。神の前に忠実なしもべであることが大切である。
主は私たちに何を願っておられるのだろうか?私たちが主イエスの名のために何をしたらよいのか考えて今日一日を歩みたい。
愛する天のお父様、あなたの愛を感謝します。あなたが私たちを守り導いてくださいます。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。
