私の目は神に向かって涙を流す

今でも、天には私の証人がおられます。私の保証人が、高い所に。私の友は私を嘲る者たち。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしてくださいますように。人の子がその友のためにするように。数年もたてば、私は帰らぬ旅路につくのですから。(ヨブ記 16:19-22)

ヨブの言葉は悲しみに溢れていた。友人たちがヨブに対して様々なことわ言う。おそらく良かれと思ってアドバイスしたりした。しかしヨブは辟易していた。ヨブは言った。「そのようなことは、私は何度も聞いた。あなたがたはみな、人をみじめにする慰め手だ。むなしいことばには終わりがあるのか。あなたは何に挑発されて答え続けるのか。私も、あなたがたのように語ることができる。(ヨブ記 16:2-4)

友人たちの言葉を聞いても、ヨブの痛みは一向に治らない。ヨブは言った。「たとえ私が語っても、私の痛みは抑えられません。たとえ私が忍んでも、どれだけ私からそれが去るでしょう。」(ヨブ記 16:6)

ヨブは必死に耐えるが、正直辛さは最高潮に達していたに違いない。ヨブは言った。「まことに神は今、私を疲れ果てさせました。」主は鷲が翼をかって舞い上がに、私たちに力をくださり、私たちは走っても弛まず、歩いても疲れないと言っておられたのに。

ヨブの友人たちに関しては、「あなたは、私の仲間をみな荒れ果てさせました。あなたは私をつかみました。自分の痩せ衰えた姿が証人となり、私に向かって立ち上がり、面と向かって不利な証言をします。」 と言った。

ヨブが感じていたのは、「神は激怒して私を攻めたて、私に向かって歯をむき出される。私の敵は私に向かって目を鋭くする。彼らは私に向かって大きく口を開け、そしりをもって私の頬を打ち、こぞって私を攻める。神は私を不遜な者に引き渡し、悪しき者の手に投げ込まれる。私は平穏でいたのに、神は私を引き回された。首筋をつかんで私を粉々にし、そうして、ご自分の標的とされた。」かなり無惨な様子に捉えている。

さらにヨブは言った。「その射手たちは私を包囲した。神は私の腎臓を容赦なく射抜き、私の胆汁を地に流された。神は私を打ち、打ち破って、勇士のように私に襲いかかられる。私は粗布を肌に縫い付け、自分の角をちりの中に突き刺した。私の顔は泣きはらして赤くなり、まぶたには死の陰がある。」(ヨブ記 16:6-16)

ヨブの神と友人たちのヨブに対する見方は明らかに違っていた。ヨブは神に向かって叫ぶことはやめていない。「今でも、天には私の証人がおられます。私の保証人が、高い所に。私の友は私を嘲る者たち。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしてくださいますように。人の子がその友のためにするように。数年もたてば、私は帰らぬ旅路につくのですから。」

ヨブは神の前に泣き涙した。私たちも辛い時は神の前に泣き、涙を流し、絶望せずに神からの助けを待ちたい。

愛する天のお父様、あなたを信頼します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。