主が私たちを顧みる時

「「わが怒りは牧者にむかって燃え、 わたしは雄やぎを罰する。 万軍の主が、その群れの羊であるユダの家を顧み、 これをみごとな軍馬のようにされるからである。 隅石は彼らから出、 天幕の杭も彼らから出、 いくさ弓も彼らから出、 支配者も皆彼らの中から出る。 彼らが戦う時は勇士のようになって、 道ばたの泥の中に敵を踏みにじる。 主が彼らと共におられるゆえに彼らは戦い、 馬に乗る者どもを困らせる。 わたしはユダの家を強くし、ヨセフの家を救う。 わたしは彼らをあわれんで、彼らを連れ帰る。 彼らはわたしに捨てられたことのないようになる。 わたしは彼らの神、主であって、 彼らに答えるからである。」(ゼカリヤ書 10:3-6)

主はイスラエルの民を顧みる方である。しかし主はご自身の怒りを牧者にむかって燃え上がらせる。 それは牧者は羊なる民の指導的な立場にいて民をしっかり導く責任があるからだ。

また主が「わたしは雄やぎを罰する。」と言われたのは、羊のように主に対して従順ではなく、雄やぎのように主に従わない者たちを放置しておかないという意味ではないか。

万軍の主が、その群れの羊であるユダの家を顧み、 これをみごとな軍馬のようにされると言う。 隅石は彼らから出、 天幕の杭も彼らから出、 いくさ弓も彼らから出、 支配者も皆彼らの中から出る。 彼らが戦う時は勇士のようになって、 道ばたの泥の中に敵を踏みにじる。

ユダまたはイスラエルの民は、弱々しい存在ではなく、力強い頼りになる存在となるということだろう。主がユダの家と共におられるので、彼らは戦い、 馬に乗る者どもを困らせる。主はユダの家を強くし、ヨセフの家を救ってくださる。

主はユダの民をあわれみ、彼らを連れ帰り、主に捨てられたことのないようになるという。 主は彼らの神、主であって彼らに答えるという。

私たちも主の民とされた。主は私たちを顧みてくださるから感謝だ。

愛する天のお父様、あなたは私の主です。あなたから託された人々をしっかり導き、あなたのなさることに期待していくことができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。