自分のいのちを憎むなら永遠に至る

自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。(ヨハネの福音書 12:25)

私たちは自分のいのちを大事にする。それは人間の本能的な生存欲求だと言って良かろう。しかし自分のいのちを過剰に重宝するあまり他人を顧みず、私利私欲に走るなら、他人のために、社会のためにならない。自分のいのちを愛する者はそれを失うとはこのことである。

しかし、もし私たちがこの世で自分のいのちを大切にしつつ、神の国のために自分のいのちを用いるなら、私たちは自分自身のいのちを保つばかりではなく、そのいのちは永遠のいのちに至る。

私たちはどのように自分自身のいのちを用いるのか?自分自身のためだけに生きるなら自己満足となり、後世に遺産を残すことができない。しかし神の国、つまり人々が神の祝福を体験できるように仕えるなら、私たちは豊かな人生を送ることができる。

まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。(ヨハネの福音書 12:24)

愛する天のお父様、あなたの御名を賛美します。あなたに仕える喜びをありがとうございます。あなたの御国のために命を捧げます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。