日々新たにされる内なる人
「だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」(コリント人への第二の手紙 4:16-18)
私たちの外なる人は歳を重ねる毎に衰えを感じ、やがては滅びて行くだろう。しかし、私たちの内なる人は違う。私の内なる人は日ごとに新しくされ、朽ちることはない。これは大きな慰め、励ましである。
私たちは外側ばかり気にしてしまうかもしれない。しかし私たちのは内なる人、内なる部分があり、その部分はキリストと出会ってから日々新しくされていくのである。だから私たちは落胆する必要はない。
私たちが生きて行く上で患難がある。この患難はしばらく続くものであり、また軽いものである。そして私たちが受ける栄光は永遠であり、重く貴いものである。永遠の栄光が私たちにあふれるばかりに得させるものとなる。
私たちは、一時的な、目に見えるものにではなく、永遠に続く目に見えないものに目を注ぐ。この永遠に続く、貴重な栄光溢れるものとはキリストを通して得たものであり、私たちはキリストにより内面が日々新たにされてゆく。
愛する天のお父様、私の内側を新しく、また強くしてくださり、ありがとうございます。私の人生をあなたに捧げます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。