タリタ、クミ
「そして子供の手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。それは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。 すると、少女はすぐに起き上がって、歩き出した。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに打たれた。」(マルコによる福音書 5:41-42)
会堂司のひとりであるヤイロという者がきて、イエスを見かけるとその足もとにひれ伏し、 しきりに願って言った、「わたしの幼い娘が死にかかっています。どうぞ、その子がなおって助かりますように、おいでになって、手をおいてやってください」。 そこで、イエスは彼と一緒に出かけられた。大ぜいの群衆もイエスに押し迫りながら、ついて行った。(マルコによる福音書 5:22-24)
途中イエスは12年間長血を患っていた女性を癒した。
イエスが、まだ話しておられるうちに、会堂司の家から人々がきて言った、「あなたの娘はなくなりました。このうえ、先生を煩わすには及びますまい」。
イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、「恐れることはない。ただ信じなさい」。 そしてペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネのほかは、ついて来ることを、だれにもお許しにならなかった。
彼らが会堂司の家に着くと、イエスは人々が大声で泣いたり、叫んだりして、騒いでいるのをごらんになり、 内にはいって、彼らに言われた、「なぜ泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである」。 人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなの者を外に出し、子供の父母と供の者たちだけを連れて、子供のいる所にはいって行かれた。(マルコによる福音書 5:35-40)
そして子供の手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。それは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。 すると、少女はすぐに起き上がって、歩き出した。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに打たれた。(マルコによる福音書 5:41-42)
少女が死ぬ前に癒すこともできたが、イエスは死んだ後に少女をよみがえらせた。人々が絶望感に浸り、悲しみのどん底に沈み、泣き騒いでいる状況だった。仕舞いにはイエスが「子供は死んだのではない。眠っているだけである」と言われたことを聞いて、イエスをあざ笑った。
激しい感情が入り混じり、ぶつかり合う中でイエスは子供の手を取って、「タリタ、クミ」と言われ、少女をよみがえらせた。通常では考えられないことである。
通常では考えられないことをするのが神である。人間にはできないこと、理解できないことをするのが神である。
私も死からよみがえらせる力を持つ神を信じている。やがて自分が死んでもよみがえり、永遠の命をいただける約束を信じている。
気落ちし、気が塞がる状況で自分自身に言いたい、「さあ、起きなさい」と。
愛する天のお父様、あなたは永遠の神であり、命を与えてくださるお方です。あなたのご計画をありがとうございます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。