死と復活

「この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。」(‭‭ヨハネの黙示録‬ ‭20‬:‭6‬)

私たちはこの地上に生きている間、死と復活についてほとんど考えない。時々考える程度かもしれない。もしくは生きているのが辛くて仕方がない人は死を考えることが多いかもしれない。

さてキリストを信じた者は罪からの救いと永遠の命を得ているため、第一の復活にあずかる。

獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかたとその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。 しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。(ヨハネの黙示録‬ ‭19‬:‭19‬-‭20‬)

そして、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。 彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、 そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。(その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。) 

天には、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。(ヨハネの黙示録‬ ‭20‬:‭1‬-‭4‬)

神の言葉のために殉教し、悪魔や偶像を礼拝しなかった者たちは、第一の復活にあずかった者であり、彼らはキリストと共に千年の間支配した。

千年の期間が終ると、サタンはその獄から解放される。 そして、出て行き、地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、マゴグを惑わし、彼らを戦いのために召集する。その数は、海の砂のように多い。 彼らは地上の広い所に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛されていた都とを包囲した。すると、天から火が下ってきて、彼らを焼き尽した。 そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。 

さて、大きな白い御座があり、そこにいます方があった。天も地も御顔の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。 また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立った。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。 海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。 このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。」(‭‭ヨハネの黙示録‬ ‭20‬:‭7‬-‭13‬, ‭15‬)

キリストに従った者たちについて神はこう言われた。「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。」(ヨハネの黙示録‬ ‭21‬:‭6‬-‭7‬)

第一の死は肉体の死であるが、第二の死は火と硫黄の燃える池で永遠に過ごすことである。しかしキリストを信じた者は死んでも第一の復活にあずかり、生きていれば永遠に天の御国を受け継ぐ。キリストを信じた者たちにに対しては、第二の死はなんの力もない。

私たちはいのちの水の泉から価なしに飲み、神から祝福といのちを受け継ぎ、神の子となることができる。主なる神はすべての者が神の子どもとなることを願っている。

愛する天のお父様、あなたを信じ、従う者としてくださり、ありがとうごさいます。天の御国を受け継ぐ祝福はキリストを信じる者に与えられます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。