「神の恵みの手」

「このエズラはバビロンから上って来た。彼はイスラエルの神、主がお授けになったモーセの律法に精通した学者であった。その神、主の手が彼の上にあったので、その求めることを王はことごとく許した。 そして王の七年の五月にエズラはエルサレムに来た。 すなわち正月の一日にバビロンを出立して、五月一日にエルサレムに着いた。その神の恵みの手が彼の上にあったからである。 エズラは心をこめて主の律法を調べ、これを行い、かつイスラエルのうちに定めとおきてとを教えた。」(エズラ記 7:6, 8-10)

エズラはモーセの律法に精通した学者であったが、その神、主の手が彼の上にあったので、その求めることを王はことごとく許した。エズラは、バビロンにいた時も、またエルサレムに来てからも、心をこめて主の律法を調べ、これを行い、かつイスラエルのうちに定めとおきてとを教えた。だからエズラの上には神の恵みの手があったのかもしれない。神の恵みの手があることで、エズラは、バビロンを出立して、五月一日にエルサレムに着くことができた。

私たちは、自らの人生のために、さまざまな計画を立てる。私たちが主の働きを行うために立てた計画は、主の御手、神の恵みの手が臨み、それらは実現に至る。

主の働きをするためには、モーセの律法とイエスの教え、あらゆる聖書の書簡に精通していることが大切だ。

エズラがそうだったように、私も心をこめて主の律法を調べ、これを行い、神の定めとおきてとを教えたい。毎日のデボーションは、私たちに様々な理解を与えてくれる。

そのためにも、1日2時間かけて聖書にある主の言葉を読み、聞き、調べ、解釈し、焦点を絞り、形造り、そして教えたい。

愛する天のお父様、あなたの言葉に耳を澄ませて聞き、あなたの真理やメッセージを語ることができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。