食事

8 ダニエルは、王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定め、身を汚さないようにさせてくれ、と宦官の長に願った。9 神は宦官の長に、ダニエルを愛しいつくしむ心を与えられた。(ダニエル1章8-9節)

食事は私たちにとって喜びであり、大きな意味のあるものだ。イエスキリストも食事をしながら、人々との交わりを持った。

さてバビロンに捕囚として連れて来られたダニエルとその他三人は、ネブカデネザル王の宮廷で王の食べるご馳走や王の飲むぶどう酒を食べる特権に与った。しかしダニエルは、これらのご馳走で身を汚すまいと心に定め、食べないようにした。王の食事と言えば、高級な食品、グルメの数々が食卓に並んでいたはずである。それは、王の食事を食べることはダニエルの信仰に触れることであったからだ。

ユダヤ人としてダニエルは律法の定める食事規定があるのを知っていた。神が食事規定を定められたのは、神がユダヤ人たちに対してご自身が聖なる存在であり、他者と区別された者であることを教え、また異邦人たちにも証するためであった。ある特定の食べ物を食べないことでも健康は維持される。事実、ダニエルは宦官の長にこのように申し出ている。

「どうか十日間、しもべたちを試してください。私たちに野菜を与えて食べさせ、水を与えて飲ませてください。そのようにして、私たちの顔色と、王が食べるごちそうを食べている少年たちの顔色を見比べて、あなたの見るところにしたがって、このしもべたちを扱ってください。」世話役は彼らのこの申し出を聞き入れ、十日間、彼らを試した。十日が終わると、彼らは、王が食べるごちそうを食べているどの少年よりも顔色が良く、からだつきも良かった。そこで世話役は、彼らが食べるはずだったごちそうと飲むはずだったぶどう酒を取り下げ、彼らに野菜を与えることにした。(ダニエル書 1:12-16)

ただ空腹を満たすためだけの行為ではない。私たちは自分の体や精神にとって健康となる食事を心がける。生産者ならまだしも、消費者側の者としては、どのようなものを食べているかについて関心を持っている。食品は私たちの健康に直結しているからだ。

日本では生鮮食品や加工品などには表示制度がある。特に加工食品には原材料と添加物が重量の割合の高い順に表示されるようになっている。消費者は腸内環境を乱し、将来的な健康リスクとなり得るものが含まれているのかどうか、栄養成分に加え、機能性、アレルゲンについて知りたいと思っているからだ。農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として自然界の力で生産された農産物、加工食品、飼料、畜産物及び藻類には有機JASマークがついているが、これは消費者の健康志向に沿ったものである。

食事についてもう一つ大事なことは、信仰を持って食べることである。新約聖書でパウロはこのように言った。「市場で売っている肉はどれでも、良心の問題を問うことをせずに食べなさい。地とそこに満ちているものは、主のものだからです。あなたがたが、信仰のないだれかに招待されて、そこに行きたいと思うときには、自分の前に出される物はどれも、良心の問題を問うことをせずに食べなさい。」。(コリント人への手紙 第一 10:25-27)

食べ物を摂取することよりも、私たちが食べることで周囲にどのような影響があるのかという点である。パウロは言った。「「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが益になるわけではありません。「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが人を育てるとはかぎりません。」(24節)「しかし、だれかがあなたがたに「これは偶像に献げた肉です」と言うなら、そう知らせてくれた人のため、また良心のために、食べてはいけません。」(28節)

良心と言っているのは、あなた自身の良心ではなく、知らせてくれた人の良心です。私の自由が、どうしてほかの人の良心によってさばかれるでしょうか。もし私が感謝して食べるなら、どうして私が感謝する物のために悪く言われるのでしょうか。こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。(コリント人への手紙 第一 10:28-31)

またローマ人の手紙では、パウロはこのように言った。「私は主イエスにあって知り、また確信しています。それ自体で汚れているものは何一つありません。ただ、何かが汚れていると考える人には、それは汚れたものなのです。もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって歩んではいません。キリストが代わりに死んでくださった、そのような人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。ですから、あなたがたが良いとしていることで、悪く言われないようにしなさい。なぜなら、神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和と喜びだからです。」(ローマ人への手紙 14:14-17)

食べるのも飲むのも主の栄光のためである。神の国で最も大切なことは、聖霊による義と平和と喜びである。

愛する天のお父様、あなたの栄光のために私たちが食べたり飲んだりすることができますように。また食べないのなら祈りに専念し、人々を思いやり、また健康のために控えることができますように。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。