キリスト・イエスを知っていることのすばらしさ

それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。私はキリストのゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えています。それは、私がキリストを得て、キリストにある者と認められるようになるためです。私は律法による自分の義ではなく、キリストを信じることによる義、すなわち、信仰に基づいて神から与えられる義を持つのです。(ピリピ人への手紙 3:8-9)

パウロはユダヤ人社会では申し分の無い人物であった。

「私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエル民族、ベニヤミン部族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法についてはパリサイ人、その熱心については教会を迫害したほどであり、律法による義については非難されるところがない者でした。」(ピリピ人への手紙 3:5-6)

そしてパウロは言った。「しかし私は、自分にとって得であったこのようなすべてのものを、キリストのゆえに損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに私はすべてを損と思っています。私はキリストのゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えています。それは、私がキリストを得て、キリストにある者と認められるようになるためです。私は律法による自分の義ではなく、キリストを信じることによる義、すなわち、信仰に基づいて神から与えられる義を持つのです。」(ピリピ人への手紙 3:7-9)

キリストを得て、キリストにある者と認められるようになり、律法による自分の義ではなく、キリストを信じることによる義、すなわち、信仰に基づいて神から義を与えられ、キリスト・イエスを知っていることのすばらしさを少しずつ味わさせていただいている。

愛する天のお父様、あなたと共に歩む人生こそ最高の人生です。あなたの力を感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。