悪を憎む
「主を恐れるとは悪を憎むことである。わたしは高ぶりと、おごりと、悪しき道と、偽りの言葉とを憎む。」
(箴言 8:13)
主を恐れるとは主を畏れる(おそれる)ことであり、単に「怖い」と思うだけでなく、圧倒的に偉大なものや、人間の力を超えた存在に対して「おそれうやまう」「かしこまる」という意味を持つ。
主をおそれうやまい、かしこまることの延長には悪を憎むことがある。主をおそれうやまう結果として、私たちは悪を憎む。具体的には高ぶりと、おごりと、悪しき道と、偽りの言葉とを憎むことだ。
高ぶりは、自分を偉いと思って威張ったり、人を見下したりする態度だ。驕り高ぶることを指す。
おごりとは、驕りと書く。他者と比較して優位に立とうとする気持ちや見栄を含んでいる。自分の力を過信し、自分自身を特別視、思い上がることだ。
悪しき道は、犯罪行為を含むが非人道的な行為である。盗み、奪い、傷めつけ、私利私欲に走る行為全般を指す。
偽りの言葉は、自分自身が不利にならないようにする自己防衛術だか、他人からの信頼を損ねてしまう。また他人を騙して暴利を貪り、欲望を満たすための悪しき行為だ。
これらの悪を憎むことは、主をおそれうやまうことに繋がる。主とは、天地創造され、天地を統べ治め、聖書の神であり、イエスキリストである。主イエスをおそれうやまって歩みたい。
愛する天のお父様、あなたは天地を造られ、天地を支配しておられます。あなたを恐れます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
