自分にできることをする

「彼女は、自分にできることをしたのです。埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました。まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」(マルコによる福音書 14:8-9)

さて、イエスがベタニアで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたときのことである。食事をしておられると、ある女の人が、純粋で非常に高価なナルド油の入った小さな壺を持って来て、その壺を割り、イエスの頭に注いだ。

すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。「何のために、香油をこんなに無駄にしたのか。この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」そして、彼女を厳しく責めた。

すると、イエスは言われた。「彼女を、するままにさせておきなさい。なぜ困らせるのですか。わたしのために、良いことをしてくれたのです。貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいます。あなたがたは望むとき、いつでも彼らに良いことをしてあげられます。しかし、わたしは、いつもあなたがたと一緒にいるわけではありません。彼女は、自分にできることをしたのです。埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました。まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」(マルコの福音書 14:3-9)

貧しい人たちへの施しは望むならいつでもできる。それはそれで素晴らしいことであるから、私たちが貧しい人々のことを顧みるのは主の御心である。この話の中で大切な点は、この女性がキリストの死と埋葬のために自分のできることをしたということだ。すべての人の罪の赦しのために命をささげてくださったキリストの十字架の死と埋葬と復活が、私たちに永遠のいのちを与え、救いとなる。だからこそ、キリストのためにひとりひとりが感謝を持ち、それを何かしらの形に表すのは素晴らしいことである。もし何もできないのなら、自分の心の中で主に感謝し、心からの礼拝をすることができるのである。

主が私たちのためになしてくださったことに感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたの御名を賛美します。あなたの十字架の死と埋葬と復活により私たちを罪から救ってくださいました。感謝します。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。