人とは何ものなのでしょう?

「人とは何ものなのでしょう。あなたがこれを尊び、これに心を留められるとは。」

(ヨブ記 7:17)

これはヨブが苦しみの中から主に叫んで言った言葉である。主が尊び、私たちに心を留められるほどのことをしてくださる私たちとは、いったい何ものなのかという驚嘆である。

ヨブの苦しみはかなり強かったと想像される。ヨブは言った。「私は横になるときに言う。「いつ起き上がれるだろうか」と。夜は長く、私は夜明けまで寝返りを打ち続ける。私の肉は、うじ虫と土くれをまとい、皮膚は固まっては、また崩れる。私の日々は機の杼よりも速く、望みのないままに終わる。」(ヨブ記 7:4-6)

それからヨブは言った。「もういやです。いつまでも生きたくありません。かまわないでください。私の日々は空しいものです。」 (ヨブ記 7:16)

ヨブは生きることの辛さを述べつつ、神がヨブを尊び、ヨブに心を留められているとも述べている。ヨブは生きる辛さと毎朝、毎日闘っていた。「朝ごとにこれを訪れ、その都度これを試されるとは。」(ヨブ記 7:18)

そして主が「いつまで私から目をそらしてくださらないのですか。唾を飲み込む間も、私を放っておいてくださらないのですか。」(ヨブ記 7:19)と述べるほど、神がヨブを尊び、ヨブから目を逸らさず、放置せず、心を留めていることもヨブは知っていた。

私たちも主に愛されている。主なる神は私たちを尊び、私たちから目を逸らさず、私たちを放置せず、私たちに心を留めてくださっている。この主に感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたが私たちを尊び、私たちから目を逸らさず、私たちを放置せず、私たちに心を留めてくださっていることを感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。