誰が私たちの咎を負うのか?

あなたは左脇を下にして身を横たえ、イスラエルの家の咎をその上に置け。あなたがそのように横たわっている日数だけ彼らの咎を負え。わたしはあなたのために、彼らの咎の年数を日数にして三百九十日とする。このように、あなたはイスラエルの家の咎を負わなければならない。あなたがこれらのことを終えたら、次に右脇を下にして身を横たえ、ユダの家の咎を四十日間、負わなければならない。わたしは一年を一日としてあなたに課す。(エゼキエル書 4:4-6)

イスラエルとユダは、北王国と南王国に分けた時の呼び名であるが、彼らは主なる神に従わなかったため、「咎」となった。

咎は人から責められたり非難されたりするようなあやまち、しくじりであり、罰されるべき罪、あるいは非難されるような欠点を指す。

主は預言者エゼキエルに彼がイスラエルとユダの咎を負うように命じられた。イスラエルの咎の年数を日数にして三百九十日、ユダの家の咎を四十日間、一年を一日としてエゼキエルにに課された。具体的にはイスラエルの咎のために左脇を下にして身を横たえ、ユダの咎のために右脇を下にして身を横たえた。

では、私たちの咎はどうだろう?誰が負うのか?当然私たちの咎は私たち自身が負うものだが、私たちのために身代わりとなって私たちの咎を背負ってくださった方がいた。それが私たちの主イエスキリストだ。なぜなら私たちは自分のすべての咎を負うことはできないからだ。

神は私たちを愛しておられるので、私たちのために御子イエス・キリストを身代わりとし、信仰によって私たちの罪を赦してくださった。神は私たちの罪をすべて完全に赦してくださるほどに憐れみ豊かなお方である。このことに感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたの憐れみと恵みを感謝します。私の罪と咎のために御子イエス・キリストを十字架の上で身代わりとしてくださいました。あなたの愛を感謝します。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。