主の来られるのが近い

「7 こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。8 あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。」(ヤコブ5:7-8)

主が来られるのは近い。主はこのように言われた。 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。(ヨハネ14章1-3)

オリーブ山でイエスが昇天された時に、白い衣を着た人がふたり、イエスの弟子たちのそばに立ってこう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」」(使徒1:11)

イエスはやがて雲に乗ってこられる。「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。」(黙示録1:7)

主はやがて来られる。父なる神以外誰もその日、その時を知らない。私たちにとっては、主が来られるのは解放であり、また永遠の祝福に入れられることを意味する。だから私たちは、この日を心より持ち望むことができるのだ。パウロは「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください。」と言ったが、主を愛さずにその日を迎えるのなら、罪の呪いである死に向かう。だからこそ、すべての人が主を愛することを願い、永遠のいのちを喜びの日を望んで、「主よ、来てください」ということができるのだ。

農夫が大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っているように、この地上で苦しみの中におかれていて私たちも主の再臨を待ち望んでいきたい。主が来られる日は近いのだから。

愛する天のお父様、あなたの来られる日は近いです。私たちはあなたの再臨を待ち望んでいます。主よ、あなたが私たちを守り、また耐え忍ぶ力を与えてください。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。