兄弟愛
兄弟愛をいつも持っていなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、知らずに御使いたちをもてなしました。牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやりなさい。また、自分も肉体を持っているのですから、虐げられている人々を思いやりなさい。結婚がすべての人の間で尊ばれ、寝床が汚されることのないようにしなさい。神は、淫行を行う者と姦淫を行う者をさばかれるからです。金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたからです。(へブル人への手紙 13:1-5)
兄弟愛とは、身近な人々に対して親切にふるまうことだ。私たちの周りには旅人も含め様々な人がいる。彼らは「御使いたち」かもしれない。人々をもてなすことは、人々に兄弟愛をあらわすことであり、それは神を愛し、隣人を愛するという聖書の教えに準じている。
神を愛することは、神のことについて考え、神を敬い、神の命令に従い、神を信じることである。見えない神を信じるのだから、抜けやすいことでもある。しかし神を意識しながら毎日生きることが私たちクリスチャンの歩みである。
また隣人を愛することは、私たち自身も肉体を持っていて、病や苦しみの中に置かれる時に辛さを理解することができる。虐げられている人々や牢にいる人々を思いやり、彼らに親切にしなければならない。これは自分自身に与えられたテーマである。
兄弟愛の形の一つは、私たちの結婚がすべての人の間で尊ばれていることである。具体的には寝床が汚されることのないようにすることである。今日、世の中にあって男女がお互いに好きであれば肉体関係を持ち、同棲することは当たり前だと考えている人たちが多い。これは聖書の価値観ではなく世の価値観だ。不倫は社会的に非難されつつも結婚が重視されない風潮が強い。性的行為は結婚の中で祝福されているものであるから、「神は、淫行を行う者と姦淫を行う者をさばかれる」と言われた。性行為は夫婦間限定のものであり、それ以外は淫行、姦淫となり、神は喜ばれない。
もう一つ、兄弟愛を考える時に、金銭のことについて切り離して考えることはできない。金銭は私たちが生きていくためには必要不可欠であるが、金銭を愛し、金銭獲得を最優先に置くなら、私たちは自らの健康を損ない、人間関係を蔑ろにし、あらゆる価値あるものを犠牲にしてしまう。神が空の鳥を養っておられると言われたように、神は鳥以上の存在である私たちを養ってくださると約束された。だから今持っているもので満足することが大切なのである。主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言ってくださった。
兄弟愛について考えるときに、私たちが他人でできることがあると同時に、自分自身の生活をしっかり見つめて歩むことが大切だ。主を信頼して愛を表していきたい。
愛する天のお父様、あなたは私たちを養ってくださいます。私たちも愛を持って周りの人々に表して生きていくことができますように。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。
