推薦状はあなたがた!

「わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。 そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。」(‭‭コリント人への第二の手紙‬ ‭3‬:‭2‬-‭3‬)

パウロはコリントの教会にいる人たちに対して、彼らはパウロの推薦状だと言った。

コリントの町は交通と交易の要衝で経済的に繁栄した。この街にはアプロディーテーという偶像の神殿があり、千人の神殿娼婦がいたと言われる。また、四大ギリシア競技会のひとつ、イストミア大祭もこの町で開催された。

コリントは道徳的に乱れた町だったが、そのような中で救われてきた人々が教会として集まっていた。パウロはコリントの教会の人々のことを、人間が使う墨によってではなく、神の霊によって書き記した推薦状だと言った。コリントのクリスチャンたちは、パウロや他の人たちの心に記され、はっきり表した推薦状だと述べられている。

果たしてコリントの信者たちはどんな人たちだったのか?推薦状と呼ばれるほどの、品行方正の、模範的な善良市民だったのか?それとも私たちとは、さほど変わらない罪深さを覚え、罪の赦しを受けながら、日々罪と戦う人々だったのか?おそらく私たちと大して変わらない人間だったのかもしれない。

もしかしたら彼らのことを「推薦状」だと呼んだのは、パウロの信仰、彼らの将来の可能性に目を留めていたからかもしれない。

私もあらゆる人を見るとき、問題ではなく、将来と可能性に目を留める者でありたい。

愛する天のお父様、あなたが私たちの将来に目を向けてくださっていることを感謝します。私も周りの人の問題ではなく、将来と可能性に信仰をもって見ることができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメンむ