神様の富における良い僕となること

聖句:
“主人は、不正な管理人が賢く行動したのをほめた。この世の子らは、自分と同じ時代の人々の扱いについては、光の子らよりも賢いのである。 わたしはあなたがたに言います。不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうすれば、富がなくなったとき、彼らがあなたがたを永遠の住まいに迎えてくれます。 最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です。 ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなければ、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょうか。 また、他人のものに忠実でなければ、だれがあなたがたに、あなたがた自身のものを持たせるでしょうか。 どんなしもべも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは、神と富とに仕えることはできません。」 金銭を好むパリサイ人たちは、これらすべてを聞いて、イエスをあざ笑っていた。 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、人々の前で自分を正しいとするが、神はあなたがたの心をご存じです。人々の間で尊ばれるものは、神の前では忌み嫌われるものなのです。” ルカの福音書 16章8~15節

観察:イエス様は、ずる賢い管理人が主人の財産を不正に流用していたことを引き合いに話を始めます。その管理人はそのことが発覚し、このように呟きます。「どうしよう。首になってしまう。穴を掘ったりするには自分は力がないし、人に物乞いをするのは恥ずかしい。そうだ、首になって仕事がなくなってもいいように、自分を雇い入れてくれるような企てをしよう。」と。
このずる賢い管理人は、自分の職がなくなっても、大丈夫なようにと、あることを思いつきました。彼は単に職を失うという現実に向き合っただけではありません。自分がどう生き延びるか、この世のシステムを利用して、どうすれば彼を使える人間だと認めてもらえるのかを知っていたのです。その不正の行いをつうじ、彼は世のシステムをうまく使って、生き延びる方法を考えついたのです。
イエス様は私たちに決して不正直であって欲しいとは思われてはいません。しかし、イエス様は、この世のシステムがどう動いているかを知っているこの世の人々と、光の民である我々とを対比しようとしています。不正の管理者は少なくとも自分のためにこの世のシステムをどう利用したら良いかを知っていると言っているのです。
光の子らは、神様の御国を広めるために私たちが利用すべきもの全て利用するということを知るべきです。私たち、光の子らは、神様の御国の管理者です。この例えに出てくる不正の管理者が物質的な面で自分を利するためにずる賢いように、私たちは、自分たち(他の人も含め)を霊的に利するのにずる賢くあるべきなのです。私たちの主人の目標を達成するために自分の主人の持ち物を使っていくべきなのです。私たちは物質的な様々なものが託されています。私たちは永遠に他の人たちを利するためにそれを使って行かなければなりません。
神様が私たちのご主人様であるならば、私たちの富については、神様がそれをどう使うかの究極的権威を持っています。神様が主人である忠実な管理者は、神様の御国を立ち上げる中でその人が託された富を使うことになります。
           小さいことを任されたことに忠実な人は、さらに大きなものを任されます。小さいことに忠実でない人は、大きなことに対しても忠実ではありません。神様は私たちにこの世の富を任せてくださっています。それを、私たちはどう使っていったら良いのでしょう?私たちは主のご用のために良き管理者としてそれを使っていけるでしょうか? 

他人のものに忠実でなければ、だれがあなたがたに、あなたがた自身のものを持たせるでしょうか。 どんなしもべも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは、神と富とに仕えることはできません。
           イエス様がここで言わんとしているのは、お金のために仕えるのではなく、仕えるためにお金があるということです。 私たちは神様に仕えるものです。 お金は神の御国を前進させるためのものです。神様は、お金を私たちの日々の生活のために与えてくださっているだけではありません。主のご計画を成すためにもあるのです。 私たちは、パリサイ人のようにお金に執着してはいけません。金銭を好むパリサイ人たちは、イエスをあざ笑っていました。イエスは彼らに言われました。「あなたがたは、人々の前で自分を正しいとするが、神はあなたがたの心をご存じです。人々の間で尊ばれるものは、神の前では忌み嫌われるものなのです。」と。イエス様の弟子としての心は、神様を愛するよりも、お金に執着してはいけないのです。適用:            神様が助けが必要な人に向けて、その人たちの祝福となれるよう、私は神様の富のよき管理者になりたいと思います。私が今持っているものは全て神様のものです。それはお金だけではなく、時間、才能、そして、神様に仕えるために私を祝福してくれている全てが含まれます。祈り:            イエス様、あなたが私に与えてくださっている全てのものは、なんとなくあまり気をかけずに使うものではなく、私の人生であなたの目的を全うするため、賢く使うためのものであります。あなたの目的のために私に託してくださっているもののよき管理者となれるよう、私を助けてください。私を導いてくださるようにと、私はあなたに日々目を向けていきます。アーメン!