つまずき

「つまずき」
〜今日のデボーションから〜
2023/2/27

「安息日になって、イエスは会堂で教え始められた。それを聞いた多くの人々は驚いて言った。「この人は、こういうことをどこから得たのだろう。この人に与えられた知恵や、その手で行われるこのような力あるわざは、いったい何なのだろう。この人は大工ではないか。マリアの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄ではないか。その妹たちも、ここで私たちと一緒にいるではないか。」こうして彼らはイエスにつまずいた。イエスは彼らに言われた。「預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」それで、何人かの病人に手を置いて癒やされたほかは、そこでは、何も力あるわざを行うことができなかった。イエスは彼らの不信仰に驚かれた。それからイエスは、近くの村々を巡って教えられた。(マルコの福音書 6:2-6)

聖書は私たちに躓きを与えないように教えている。躓きは神との関係を断絶しかねないからだ。では私たちの先入観や偏見、また過去の傷によって自分が躓いてしまった場合はどうしたら良いだろうか?

イエスは自分の郷里において「何人かの病人に手を置いて癒やされたほかは、そこでは、何も力あるわざを行うことができなかった。」とある。

その理由としてあげられたのは、「預言者が自分の郷里、親族、家族の間だけは敬われ」ない歴史があり、イエスを知る故郷の者たちも同様に、イエスが安息日に会堂で教えた知恵に驚きつつも、イエスの育った環境を知って躓いたからである。(‭‭マルコによる福音書‬ ‭6‬:‭2‬)。

イエスの故郷では、イエスが祭司の家系や名家出身でも高い学歴があったわけでもなく、大工の息子だというバックグラウンドに躓き、不信仰に陥った。

確かに自分の郷里、親族、家族以外の場所では人々から敬われ、その信仰により素晴らしいみわざを行っている。

驚くのはイエスの弟ヤコブが後年新約聖書の「ヤコブの手紙」を書き、イエスキリストに関する力強いメッセージを伝えたことだ。これはヤコブが躓きを乗り越えたからにちがいない。

私たちは人間のあらゆる面を見て躓くかもしれない。しかし、神は最も驚くような人を意外な方法で用いられる。神の働きに目を留める時、私たちも躓きを乗り越えることができる。

愛する天のお父様、あなたは信仰によって人々を救われるお方です。人間の業績や誇り、能力や知恵ではなく、謙る心を持つ者を救われます。あなたの救いを見る者としてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。