神が私たちを遣わされる

「神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救をもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。 それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です。神はわたしをパロの父とし、その全家の主とし、またエジプト全国のつかさとされました。 あなたがたは父のもとに急ぎ上って言いなさい、『あなたの子ヨセフが、こう言いました。神がわたしをエジプト全国の主とされたから、ためらわずにわたしの所へ下ってきなさい。」(創世記‬ ‭45‬:‭7‬-‭9‬)

ヨセフは兄たちの反感を買い、エジプトに売られ、長年に渡り奴隷や囚人として辛い時期を過ごした。しかし神がヨセフと共におられ、夢の解き明かしをすることでエジプトの王からの信頼を勝ち取り、国の行政の長となった。

ヨセフが辛い目にあった時期、ヨセフからの不平不満の言葉というのは聖書に記録されていない。ヨセフが昇進した後、自分は神のご計画の中にいたと告白している。

ヨセフは自分がエジプトに来たのは、兄たちが悪意をもって売り飛ばしたからではなく、神の救いの計画があったからだと言っている。

私たちは自分の人生の中の辛い経験をどのように解釈するだろうか?神が私たちのために立てられた永遠の計画、良い計画があると認めることができるだろうか?

私たちが苦境に立たされた時、神が私たちを遣わして、後の益のために、また神の栄光のために許されたと認め、苦役を意味ある訓練に変えてもらいたい。

愛する天のお父様、あなたが私たちを遣わされるところで人々の救いが起こされますように。私たちに信頼し、あなたの計画が実現しますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。