主の被造物&主の所有物

「エジプトの地は荒れて、むなしくなる。そして彼らはわたしが主であることを知る。 あなたは『ナイル川はわたしのもの、わたしがこれを造った』と言っているゆえに、」(‭‭エゼキエル書‬ ‭29:9‬)

私たちが傲慢になってしまい、神が与えてくださり、神が造られたあらゆるものに対して、まるで自分が主(ぬし)のような顔をして生きることは実に恐ろしいことだ。私たちの人生の中にある、主が造られたもの、主に属するものに目を留めていきたい。

まず第一に、私は自分に与えられた命を主に感謝したい。この命がなければ、私は生きていない。さまざまな悲しみや苦しみの中にあっても、主のうちに喜びを見出し、神ご自身を見出すことができれば、生きる意義を感じる。主に造られ、主に愛されていると思うと、生きる価値を感じる。

次に、私は主から与えられた人生を感謝したい。山や谷の中を歩くようなことがあっても、自分を支え、励まし、時にチャレンジを迫り、自分を成長させてくれる家族は尊く、神の恵みである。また仕事を通して、社会の一員として様々な立場にいる人たちと関わることができる。そして私が所属する教会は、自分がキリストのからだ、神の家族の一員であることを思い起こしてくれる。神の言葉を共に学び、一緒に賛美し、祈り合うことで、霊性を高め合い、支え合うことができる。

そして、主が造ってくださった自然は実に美しい。この世界には、主が創造された、美しい被造物であふれている。自分の生活圏に向けると神の作品があらゆるところにあふれている。美しい自然を造られた主を賛美したい。

愛する天のお父様、あなたが造られた数々の美しく尊い多くのものに感謝します。私たちはあなたの力によって生かされ、あなたの計画の中で生かされています。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。