異邦人の道に習わない
「主はこう言われる、「異邦の人の道に習ってはならない。また異邦の人が天に現れるしるしを恐れても、あなたがたはそれを恐れてはならない。 異邦の民のならわしはむなしいからだ。彼らの崇拝するものは、林から切りだした木で、木工の手で、おのをもって造ったものだ。 人々は銀や金をもって、それを飾り、くぎと鎚をもって動かないようにそれをとめる。 その偶像は、きゅうり畑のかかしのようで、ものを言うことができない。歩くこともできないから、人に運んでもらわなければならない。それを恐れるに及ばない。それは災をくだすことができず、また幸をくだす力もないからだ」。」(エレミヤ書 10:2-5)
異邦の人の道は偶像礼拝、天に現れるしるしを恐れることなどである。
偶像に関してはこのように言っている。「彼らの崇拝するものは、林から切りだした木で、木工の手で、おのをもって造ったものだ。 人々は銀や金をもって、それを飾り、くぎと鎚をもって動かないようにそれをとめる。 その偶像は、きゅうり畑のかかしのようで、ものを言うことができない。歩くこともできないから、人に運んでもらわなければならない。」人の手によって作られた神が偶像である。
私たちは偶像を恐れてはならない。預言者エレミヤは言った。「それを恐れるに及ばない。それは災をくだすことができず、また幸をくだす力もないからだ」偶像には何も力がない。しかし私たちは何かにしがみつきたいために偶像を神のように礼拝する。
また天に現れるしるしを恐れてもならないと主は言われた。自然界の変化、現象、天変地異を私たちは偶像化することにも気をつけなければならない。
大切なことは、神を神として恐れ、崇め、礼拝することである。私たちは全知全能の力ある神を礼拝したい。
愛する天のお父様、あなたを礼拝します。あなたを礼拝しない人々の道に歩むのではなく、あなたの道に歩むことができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
