永遠のいのちに至る食べ物のために働く

イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」すると、彼らはイエスに言った。「神のわざを行うためには、何をすべきでしょうか。」イエスは答えられた。「神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです。」(ヨハネの福音書 6:26-29)

私たちがパンを食べることができるのは生活の基本となる部分である。満足できるならなおさら感謝である。事実、戦時中や飢饉の時は、食糧不足に陥っていたからだ。

人類は食べ物を求めて争ってきた歴史を持つ。養ってくれるところに行くのは人間の性だと言えよう。イエスの周りに来た人々の中には、イエスがパンを与え養ってくださるのを求めていた。

食べ物、職など私たちにとって切実なものが与えられると、私たちは感謝の心をもって主のもとに行く。主が養ってくださるとしるしを求めて祈るのも良い。

小麦や米粉で作られたパンを得ることで主を意識して生きるようになるのはよいが、さらに素晴らしいのは、主のために働きたいという気持ちが起こされることだ。イエスは永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさいと言われた。主イエスが私たちに与えてくださるパンとは永遠のいのちである。私たち自身が永遠のいのちに至る救いを頂くと、他の人々の救いのために働きたいという気持ちが起こされる。これが宣教また伝道である。

神のわざは、神が私たちのもとに遣わされた方を信じるようになることである。イエスキリストの福音を宣べ伝えることが、永遠のいのちに至る食べ物のために働くことだ。イエスをキリストと信じる者には永遠のいのちに至る食べ物をいただく。これぞ素晴らしき神のわざだ。

愛する天のお父様、あなたが私たちに永遠のいのちに至る食べ物、救いを御子イエスによって与えてくださったことを感謝します。このことを信じます。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。