癒やされた後

しかし、癒やされた人は、それがだれであるかを知らなかった。群衆がそこにいる間に、イエスは立ち去られたからである。後になって、イエスは宮の中で彼を見つけて言われた。「見なさい。あなたは良くなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないと、もっと悪いことがあなたに起こるかもしれない。」その人は行って、ユダヤ人たちに、自分を治してくれたのはイエスだと伝えた。(ヨハネの福音書 5:13-15)

イエスは人々の体や心、そして霊の病を癒やされた。イエスが人々を癒やされた時、自分の身を明かさずに立ち去った時もあった。

時々私たちは、何故病が癒やされたのかわからない時がある。また癒やされた理由を考えず、単に幸運なことと捉えてしまうこともないだろうか?

体の癒しを受け取った人にイエスは言われた。「見なさい。あなたは良くなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないと、もっと悪いことがあなたに起こるかもしれない。」

体の癒し以上に大切なことは、霊の癒しである。罪を犯さなくなるというのは霊の癒しである。罪の問題について考える時、私たちは罪の赦しと同時に罪を犯さないことについて考える必要がある。

癒やされた人は行って、ユダヤ人たちに、自分を治してくれたのはイエスだと伝えた。「そのためユダヤ人たちは、イエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。」(ヨハネの福音書 5:16) 癒やされた人がイエスのことを話したことでイエスが迫害を受けることになったが、この人が悪かったわけではなく、イエスキリストの力あるわざを証する時が来たのである。

イエスキリストの癒しのわざは、イエスが救い主であることを証するためであったが、イエスを救い主として認めたがらない人々はイエスを迫害し始めた。

もし私たちがイエスから癒しを受けたら、イエスに感謝してイエスが救い主であると証して、罪から離れて歩んでいきたい。

愛する天のお父様、あなたの罪の赦しを感謝します。あなたは救い主、癒し主、あらゆる必要を満たしてくださるお方です。主イエスキリストの御名によって、アーメン。