良い事だけではなく悪い事も預言する人

〜今日のデボーションから〜

2026/6/18

「イスラエルの王はヨシャパテに言った、「われわれが主に問うことのできる人が、まだひとりいます。イムラの子ミカヤです。彼はわたしについて良い事を預言せず、ただ悪い事だけを預言するので、わたしは彼を憎んでいます」。ヨシャパテは言った、「王よ、そう言わないでください」。」(列王紀上 22:8)

イスラエルの王アハブは、預言者ミカヤがアハブについて良い事を預言せず、ただ悪い事だけを預言するので、ミカヤを憎んでいた。アハブは真偽を問わず、また神の御心を問わず、自分に対して良いことだけを言ってくれる預言者を好んだ。

これはまさに裸の王様状態で、とても危険なことだった。事実、天において主は霊たちが交わしていたやり取りをミカヤはこのように言った。

「それゆえ主の言葉を聞きなさい。わたしは主がその玉座にすわり、天の万軍がそのかたわらに、右左に立っているのを見たが、 主は『だれがアハブをいざなってラモテ・ギレアデに上らせ、彼を倒れさせるであろうか』と言われました。するとひとりはこの事を言い、ひとりはほかの事を言いました。 その時一つの霊が進み出て、主の前に立ち、『わたしが彼をいざないましょう』と言いました。 主は『どのような方法でするのか』と言われたので、彼は『わたしが出て行って、偽りを言う霊となって、すべての預言者の口に宿りましょう』と言いました。そこで主は『おまえは彼をいざなって、それを成し遂げるであろう。出て行って、そうしなさい』と言われました。 それで主は偽りを言う霊をあなたのすべての預言者の口に入れ、また主はあなたの身に起る災を告げられたのです」。」(列王紀上 22:19-23)

多くの預言者たちはイスラエルの王アハブに対して、アハブが聞くに良いことばかり言った。良いことは偽りの霊が語った偽りであった。

主に従わないイスラエルの王アハブに対する主のご計画は、ラモテ・ギレアデにおけるスリヤとの戦いでアハブを倒れさせることだった。

「ひとりの人が何心なく弓をひいて、イスラエルの王の胸当と草摺の間を射たので、彼はその戦車の御者に言った、「わたしは傷を受けた。戦車をめぐらして、わたしを戦場から運び出せ」。 その日戦いは激しくなった。王は戦車の中にささえられて立ち、スリヤびとにむかっていたが、ついに、夕暮になって死んだ。傷の血は戦車の底に流れた。 またその戦車をサマリヤの池で洗ったが、犬がその血をなめた。また遊女がそこで身を洗った。主が言われた言葉のとおりである。」(列王紀上 22:20, 28, 34-35, 38)

主からの言葉は良いことばからではない。私たちの悪を指摘し、悔い改めを促すことがある。場合によっては悪いことが起こるとも言われる。主が語られた言葉をそのまま伝えるのが預言者の務めである。だから預言は相手を喜ばせるだけではなく、主の栄光を表すものである。もし悪いことを恐れているのなら、今日主の前に悔い改め、憐れみを請いたい。

愛する天のお父様、あなたは真理の神であり、憐れみ深い神です。あなたに従います。主イエスキリストの御名によって、アーメン。