人の霊の値打ち

人には自分の行いがみな純粋に見える。しかし、主は人の霊の値打ちを量られる。(箴言 16:2)

人にとって大切なことは行いではなく、霊の値打ちである。私たちがどんなに純粋に見える行いをしたとしても、私たちの霊、たましい、心がどれほど純粋だったのかが大切である。主が量るのは私たちのたましいだからだ。

私たちの霊、私たちのたましい、私たちの心の状態はいかがだろうか?霊もたましいも心も、それ自体は目に見えないが、そこから来る影響は目に見えて明らかだったりする。

たとえば私たちが陰で不正行為を働いたら、私たちの目つきや漂う雰囲気、私たちの行動に現れ、私たちが醸し出す空気を敏感に察知する人も出てくる。

私たちが心で考えたことを神はご存じである。私たちが神と人に対して抱いた愛や親切な心を主は見ておられ、その逆も然りである。

主なる神は私たちの霊の値打ちを量るお方であるから、主の前に正しく歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは人々が見ていないところを見ておられるお方です。あなたの前に純粋に生きる者と変えてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。