私の涙をあなたの皮袋に蓄えてください

「あなたは私のさすらいを記しておられます。どうか私の涙をあなたの皮袋に蓄えてください。それとも、あなたの書に記されていないのですか。」 (詩篇 56:8)

詩篇の作者は、主なる神は私たちのさすらいを記しておられると言った。人生にはあてどもなく歩き回る時があるだろう。今までの歩みに終止符を打ち、果たして次は何をしようかと迷うような時だ。具体的なことが一切見えてこないため、歩き回りながら停滞感を打破して行こうとする動きである。

また悲しくて情けなくて、あるいは辛くて苦しくて涙が出る時がある。主は私たちの涙一つ一つをご存知であり、その涙の背後にある状況をご存知である。だから詩篇の作者は、私の涙をあなたの皮袋に蓄えてください、と祈ったのであった。

この作者にとって、神は彼の味方、良き理解者であった。作者は述べた。「そのとき私の敵は退きます。私が呼び求める日に。私は知っています。神が味方であることを。」神との信頼関係が構築され、揺るぎない関係になっているからこそ、作者はこのように神について述べた。

そしてさらに作者は、「神にあって私はみことばをほめたたえます。主にあって私はみことばをほめたたえます。神に信頼し私は何も恐れません。人が私に何をなし得るでしょう。」 (詩篇 56:8-11) と神との向き合い方について語っている。

私たちも神との力強い関係を築き、神を信頼して歩むなら、神は私たちの歩みを確かなものにしてくださるのであろう。

愛する天のお父様、あなたが私たちの良き理解者であり、私たちの味方であることを感謝します。私たちはあなたを信頼します。あなたの言葉は私たちを生かします。主イエスキリストの御名によって、アーメン。