クリーン

「幸いなことよ、その背きを赦され、罪をおおわれた人は。幸いなことよ、主が咎をお認めにならず、その霊に欺きがない人は。 私が黙っていたとき、私の骨は疲れきり、私は一日中うめきました。昼も夜も 御手が私の上に重くのしかかり、骨の髄さえ夏の日照りで乾ききったからです。」(詩篇 32:1-4)

私たちには背きや咎がある。もし私たちの背きを赦され、罪をおおわれ、主が咎をお認めにならず、その霊に欺きがないなら、私たちは幸いである。

誰ひとりとして、背きや咎がなく、罪をおおわれ、自らの霊に欺きがない人などいない。神は私たちのすべての背きと咎と罪を取り除き、きよめてくださる。完全にシミや汚れのない、クリーンな状態にしてくださる。

どのように主は私たちをあらゆる罪や汚れからきよめ、「クリーン」な状態にしてくださるのか?神が私たちを愛しておられるので、私たちのために御子イエスキリストを罪のあがないの代価として十字架にかけ、御子イエスが自ら命をささげてくださったことを信じることによって、私たちの背きや咎、罪は完全に洗い流し、取り去ってくださる。神の愛が私たちの罪や汚れを洗い流し、私たちをきよく、クリーンな状態にしてくださる。

私たちはキリストの十字架のあがないを信じ、心に受け入れることはできるだろうか?

主に感謝し、主を信じて歩みたい。

愛する天のお父様、あなたの愛を感謝します。あなたは私たちの救い主であり、私たちの罪や咎を雪のように白くしてくださいました。ありがとうございます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。