主の力
しかし主は御名のゆえに彼らを救われた。ご自分の力を知らせるために。主が葦の海を叱ると海は干上がり、主は彼らに深みの底を歩かせられた。まるで荒野を行くように。主は憎む者の手から彼らを救い、敵の手から彼らを贖われた。水は彼らの敵を包み、彼らの一人さえも残らなかった。すると彼らはみことばを信じ、主への賛美を歌った。 (詩篇 106:8-12)
主はご自身の力を知らせるために葦の海で偉大なわざをなされた。主が葦の海を叱ると、海は干上がり、主は彼らに深みの底を歩かせられた。まるで荒野を行くように。詩篇の作者が描写する主のわざは実に劇的なものである。
主が葦の海を叱ると海は干上がった。干潟やワディの存在は知られていても、海が一時的に神の言葉で干上がり、まるで荒野を行くように人々が歩いたなど、自然的には信じられない話である。このような超自然的な出来事は主にしか出来ない。
主がイスラエルの民を憎む者の手から救い、敵の手から贖われた。水は彼らの敵を包み、彼らの一人さえも残らず滅ぼされた。この偉大な救いのみわざをみて、イスラエルの民はみことばを信じ、主への賛美を歌った。
主には力がある。主はご自身の力を聖書の時代に表され、今日も私たちの内に表してくださる。主の力の前に私たちは有無を言わせず信仰に至る。
主はは御名のゆえにイスラエルの民を救い、今日私たちも救ってくださる。主の御名をほめたたえて歩みたい。
愛する天のお父様、あなたの御名をほめたたえます。あなたが御力を表してください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
