苦言を呈する勇気
「実は、以前このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。ヨハネが彼に、「あなたが彼女を自分のものにすることは律法にかなっていない」と言い続けたからであった。ヘロデはヨハネを殺したいと思ったが、民衆を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからであった。」(マタイの福音書 14:3-5)
ヨハネは、自分の王であるヘロデに神の定めに照らし合わせて正しくないことを正しくないとはっきり言った。つまり、自分の兄弟ピリポの妻ヘロディアを自分のものとしていた、娶っていたからである。このことに対してヘロデはヨハネを殺したいと思ったが、民衆を恐れて、殺すことができず、捕らえて縛り、牢に入れておいた。最終的にヨハネはヘロデとヘロディアの手によって首を切られて命を落としてしまった。
今日、私たちの周りに神の前に正しくない人がいた時に、はっきりと正しくないと言うことができるだろうか?神の定めに照らし合わせて、自分より上の人に向かって「あなたのしていることは正しくない」と言うことができるだろうか?
ヨハネのように自由を奪われて入獄される可能性、場合によっては命を落とす可能性もある。それでも私たちは神の前に持つ信念に立って正しくない人に対して正しくないと言うことができるだろうか?
当然人をさばいてはいけない。もし言うのなら他人ではなく、本人に正しくないと言うのである。それは私たちの地位や収入やあらゆる機会を失うリスクを抱えることになるが、それでも私たちは神の御心に立って行動することができるかどうかを問われる。
苦言を呈する勇気を持つ者でありたい。
愛する天のお父様、あなたの言葉にしたがって生きるときに、勇気をもって正しくないことに手を染めず、また正しくないことを行っている人に苦言を呈する必要があるなら、あなたが助けてくださいますように。たとえ自分の命を失うことになったとしても、あなたの栄光が現れるために正しいことを行うことができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
