患いと病
「夕方になると、人々は悪霊につかれた人を、大勢みもとに連れて来た。イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒やされた。これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。「彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。」(マタイの福音書 8:16-17)
イエスのもとには、悪霊につかれた人々が連れて来られた。イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒やされた。
このイエスの行為が、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった、とは非常に興味深い。イエスは預言を成就するために行動したのではなく、イエスの行動はすでに預言の中に置かれていた。
何よりも、イエスが「私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った」ことは、イエスが私たちの病の苦しみに共感しつつ、私たちと共にいて慰め、助け、また癒してくださるお方であるということだ。
私たちの患いと病の良き理解者である主に委ね、従って歩みたい。
愛する天のお父様、あなたは私たちを苦しみを理解し、癒やしてくださることを感謝します。あなたは約束してくださったことを成就してくださいます。あなたの救いを感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
