世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓
「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。」(コリント人への手紙 第一 10:11)
私たちは今まさに世の終わりに臨んでいる。そして私たちが罪を犯さないように、以下のことを教訓として書かれている。
「兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません。私たちの先祖はみな雲の下にいて、みな海を通って行きました。そしてみな、雲の中と海の中で、モーセにつくバプテスマを受け、みな、同じ霊的な食べ物を食べ、みな、同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らについて来た霊的な岩から飲んだのです。その岩とはキリストです。
しかし、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。これらのことは、私たちを戒める実例として起こったのです。彼らが貪ったように、私たちが悪を貪ることのないようにするためです。あなたがたは、彼らのうちのある人たちのように、偶像礼拝者になってはいけません。聖書には「民は、座っては食べたり飲んだりし、立っては戯れた」と書いてあります。
また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、淫らなことを行うことのないようにしましょう。彼らはそれをして一日に二万三千人が倒れて死にました。また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、キリストを試みることのないようにしましょう。彼らは蛇によって滅んでいきました。また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました。」(コリント人への手紙 第一 10::1-10)
イスラエルの民は荒野で数々の素晴らしい体験をした。しかし神のみこころにかなわずに悪を貪った結果、彼らはエジプトではなく、乳と蜜の流れる約束の地でもなく、その途上の荒野で滅ぼされた。淫らなこと、神を試みること、また不平不満を言うことは、実質彼らが悪を貪った結果だったのである。
今日、私たちは神の力によって救われ変えられた。神の霊によって養われ、強められている。だから私たちが肉の思いに従って、淫らなことに関り、神を試みたり、あるいは不平不満を言って悪を行い続けることに細心の注意が必要である。いやそれらから離れた生活が必要だ。そのためにも聖霊に満たされて歩みたい。
愛する天のお父様、あなたが聖書の話を教えを通して、私たちに教訓を与えてくださり、心から感謝します。あなたの力に満たされ、あなたを喜び、平安を頂いて生きていくことができますように。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。
