神からの称賛

「ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。」(コリント人への手紙 第一 4:5)

私たちにはひとりひとり神からの称賛がある。だから主が来られるまでは何についても先走ってさばいてはならない。それは私たちは物事の全容を掴んでいるわけではないからだ。私たちは、闇に隠れたことも、また心の中のはかりごともわからない。

ただ、私たちの主は闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされる。良いことが多く明らかにされると良いのだが、悪や罪が数多く明らかにされるなら、それば耐え難いものとなる。

主なる神は、私たちの心の中にある多くのはかりごとをご存知であり、それらすべてをイエスキリストの十字架の血潮によって洗い流してくださった。私たちは決して自分自身を主の前に誇ることはできない。ただ主の前に、もう既に主はご存知である私たち自身の罪を告白し、主に赦された確信を得て行くのである。

私たちは天に宝を積み、やがてひとりひとりには主なる神からの称賛が与えられる。それは一日一善のような、行為による徳を積み上げるのではなく、主が命じられたことを信じ、信頼して歩む一歩一歩によって与えられるのではなかろうか。

主を信じて歩み続けるのが、クリスチャンライフだ。

愛する天のお父様、あなたは私たちの心を見ておられます。あなたを信じて毎日歩きます。あなたの助けと励ましを感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。