聖なる神

「さて、アロンの子ナダブとアビフはそれぞれ自分の火皿を取り、中に火を入れ、上に香を盛って、主が彼らに命じたものではない異なる火を主の前に献げた。すると火が主の前から出て来て、彼らを焼き尽くした。それで彼らは主の前で死んだ。モーセはアロンに言った。「主がお告げになったことはこうだ。『わたしに近くある者たちによって、わたしは自分が聖であることを示し、民全体に向けてわたしは自分の栄光を現す。』」アロンは黙っていた。(レビ記 10:1-3)

神はご自身が聖であることを示される。聖であるとは、他の何物とも違う、区別するという意味がある。聖であるとは、神の偉大さ、絶対的な存在、唯一の神であることなどが意味に含まれる。

異なる火は、火が定められたものと異なっていたという意味だ。主は祭司であるアロンに言われた。「あなたがたはその上で、異なった香や全焼のささげ物や穀物のささげ物を献げてはならない。また、その上に、注ぎのぶどう酒を注いではならない。」(出エジプト記 30:9)

香は香料を混ぜ合わせ、それを燃え盛る炭の塊、すなわち「火」を入れた香炉に入れて蒸発させることで作られていた。レビ記16章12節によれば、これらの炭は祭壇から取り出すべきもので、どこか別の場所から持ってきたのだろうか?

あるいは出エジプト記30章7-8節で規定されているように、アロンは朝ごとにともしびを整え、煙を立ち上らす、夕暮れにともしびをともすときにも、煙を立ち上らせるべきなのに、ナダブとアビフは間違った時間に香を捧げたのだろうか?

あるいは、 30章9節は「異国の香」とあるように、「異国」とは祭司でない人々(出エジプト記30章33節、レビ記22章12節、民数記17章5節[英訳16章40節])、あるいは部外者(申命記25章5節)が無許可状態でささげたのであろうか?

モーセの律法が規定していない方法で香をもってささげることで、アロンの子ナダブとアビフは死という深刻な結果を招いた。

神の聖は実に徹底している。少しも妥協は許さないのだ。だから神の律法で生きるなら、神の律法を徹底的に守らないと深刻な結果を招く。

しかし私たちが神の恵みによって生きるのなら、私たちは神の憐れみにより、信仰で生き続けることができる。

神は聖なる方、私たちは信仰によって聖なる者とされたことを感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは聖なる方です。あなたは永遠の神です。あなたの命と祝福をありがとうございます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。