初めであり終わりである方
「この方を見たとき、私は死んだ者のように、その足もとに倒れ込んだ。すると、その方は私の上に右手を置いて言われた。「恐れることはない。わたしは初めであり、終わりであり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、世々限りなく生きている。また、死とよみの鍵を持っている。」(ヨハネの黙示録 1:17-18)
ヨハネはパトモス島で幻を見た。その内容はイエスキリストを証する黙示であった。ヨハネが幻のうちに見た人の子、イエスキリストのことについて記している。
「この方」とはイエスキリストのことであるが、ヨハネがイエスを見た時、ヨハネは死んだ者のようにイエスの足もとに倒れ込んだ。
すると、イエスはヨハネの上に右手を置いて言われた。
「恐れることはない。わたしは初めであり、終わりであり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、世々限りなく生きている。また、死とよみの鍵を持っている。」
イエスは初めから終わりまでおられる方であり、永遠に存在する方である。イエスは永遠に生きていて、死とよみの鍵を持っておられる。私たちが死によみに下るのを許すのも、また救い出すのもイエスが鍵を握っている。私たちがイエスキリストの救いを受け入れるなら私たちは救われると神は約束された。だから私たちは何も恐れることはない。
私たちの人生を治め、私たちを永遠に天国に住み、共同相続人としてくださる神に感謝して歩みたい。
愛する天のお父様、私たちに永遠の命を与えてくださり、ありがとうございます。あなたにあって私たちは何も恐れません。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
