神の目が注がれる
「さて預言者ハガイおよびイドの子ゼカリヤのふたりの預言者は、ユダとエルサレムにいるユダヤ人に向かって、彼らの上にいますイスラエルの神の名によって預言した。 そこでシャルテルの子ゼルバベルおよびヨザダクの子エシュアは立ちあがって、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちも、彼らと共にいて彼らを助けた。 その時、川向こうの州の知事タテナイおよびセタル・ボズナイとその同僚は彼らの所に来てこう言った、「だれがあなたがたにこの宮を建て、この城壁を築きあげることを命じたのか」。 また「この建物を建てている人々の名はなんというのか」と尋ねた。 しかしユダヤ人の長老たちの上には、神の目が注がれていたので、彼らはこれをやめさせることができず、その事をダリヨスに奏して、その返答の来るのを待った。」(エズラ記 5:1-5)
シャルテルの子ゼルバベルおよびヨザダクの子エシュアは立ちあがって、エルサレムにある神の宮を建て始めた時、川向こうの州の知事タテナイおよびセタル・ボズナイとその同僚は彼らの所に来て、神殿建設の有効性、合法性について尋ねた。 しかしユダヤ人の長老たちの上には、神の目が注がれていたので、知事たちは神殿建設をやめさせることができなかった。
私たちの働きに対して、ある者たちは私たちのところに来て「誰の権限の元に、誰の許可を得て始めたのか?」「なぜ私に相談無しに勝手に進めているのだ?」と尋問したり、足を引っ張ったり、阻止しようとする。
もしそれが神の目が注がれている働きなら、だれも止めることはできない。神ご自身が発信したプロジェクト、神が許可したもの、神が祝福したものであるなら、神のご計画は成就する。
だから私たちは祈りつつ、神の働きを始め、神の働きを支えていきたい。
愛する天のお父様、あなたの御名をほめたたえます。あなたの御心を知り、あなたのご計画を支えることができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。