神の働きの後に
「イエスは彼に言われた、「だれにも話さないように、注意しなさい。ただ行って、自分のからだを祭司に見せ、それから、モーセが命じた供え物をささげて、人々に証明しなさい」。」(マタイによる福音書 8:4)
ひとりの重い皮膚病にかかった人がイエスのところにきて、ひれ伏して言った、「主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、重い皮膚病は直ちにきよめられた。」(マタイによる福音書 8:2-3)
そこでイエスは彼に「だれにも話さないように、注意しなさい。」と言われた。それはイエスの働きが滞る可能性があったからである。この地上での働きに対してすべての人々、特にユダヤ人たちは好意的に思っていたわけではなかった。
またイエスが「ただ行って、自分のからだを祭司に見せ、それから、モーセが命じた供え物をささげて、人々に証明しなさい」と言われたのは、浄められたツァラアト患者がイスラエル社会に戻るために大切な措置だったからである。汚れと浄めを重んじるイスラエル社会ならではこその対処である。
私たちは神の働きを体験した後は大興奮する。ただその後私たちが、どのように社会と関わるのかは、とても大切なことだ。
今私たちが置かれていれる場所で、どのように生きるかをよく考えていきたい。
愛する天のお父様、あなたの奇跡のわざを感謝します。あなたを証して生きていくために道を備えてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。