大きな患難を経てきた者たち
そこで私が「私の主よ、あなたこそご存じです」と言うと、長老は私に言った。「この人たちは大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くしたのです。それゆえ、彼らは神の御座の前にあって、昼も夜もその神殿で神に仕えている。御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られる。彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も、彼らを襲うことはない。御座の中央におられる子羊が彼らを牧し、いのちの水の泉に導かれる。また、神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」(ヨハネの黙示録 7:14-17)
私たちは大きな患難を通らされることを忌避する。できたら苦しみを通りたくない。ただ私たちは大小関わらず患難を通らされる。この現実は回避するのは困難である。
さて主の前に大きな患難を経てきた者たちとは、主なる神を信じる信仰があるため大きな患難を乗り越えて来た人たちである。信仰を貫いたため、辛いところをたくさん通らされた人たちである。
ヨハネはこの人たちのことをこのように説明している。「すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持っていた。」(ヨハネの黙示録 7:9)
白い衣を身にまとった人々は世界各地から集められた人々である。神は彼らの衣を洗い、子羊の血で白くし、神の前に聖なる者とされる人々で、彼らは神の御座の前にあって、昼も夜もその神殿で神に仕えているという。大きな患難を乗り越えて来た彼らは、白い衣を身にまとい、神に仕える者とされた。
御座に着いておられる方、主なる神は彼らの上に幕屋を張られ、主が備えてくださるので飢えることも渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も、彼らを襲うことはなく守られる。
御座の中央におられる子羊イエスが彼らを牧し、いのちの水の泉に導かれる。これは詩篇23編の良い牧者を彷彿させる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださるのだから慰めを得ている。
大きな患難、あるいは小さな患難かもしれないが、私たちが患難を経ていくのは決して無意味ではない。私たちに白い衣を身にまとわせ、私たちを神のみ前に仕えさせ、慰めてくださるのだから、主を見上げて歩み続けたい。
愛する天のお父様、あなたは私たちに良くしてくださるお方です。あなたは私たちに素晴らしい未来を約束してくださっています。感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
