人をさばくな

「人をさばくな。自分がさばかれないためである。 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。 自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」(マタイによる福音書 7:1-5)

人をさばくな、と主は言われた。人をさばくとは、他人の悪いところを指摘し、非難し、自分を正しいとする行為である。

人をさばかないのは、自分がさばかれないためである。他人の落ち度に目をつけながら、自分の落ち度を看過することはできない。私たちが他人をさばくなら、私たちも同じ尺度で測られる。同じ尺度で測る時、私たちは自分自身は無実だと言えるだろうか?良くても、僅かに良いかもしれないという程度で、所詮どんぐりの背比べ程度である。

このようなことをする私たちのことを、主は偽善者だと言われた。偽善者とは、ギリシャ語の「hupokrites(役者、俳優、偽る人)」から来ており、本来の自分ではない「演技」をしている人というニュアンスがある。この文脈で言うなら、自分は善人のふりをする、聖人の仮面を被る罪深い人は偽善者である。まさに善を偽る生き方だ。

他人の落ち度に目を付けるのではなく、自分自身の落ち度に目をつけ、悔い改め、聖霊の助けを得て生きていくことである。

自分自身の襟を正して、この日を歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは他人の落ち度に目を向けるのではなく、自分自身の改善に取り組む者としてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。