種蒔きと刈取り

「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊に蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ人への手紙 6:7-8)

私たちは種を蒔き、そしてその蒔いた種を刈り取る。特に肉と御霊というものに対して、私たちがどちらに種を蒔くのかは大切なことだ。

肉と御霊はどう違うのか?私たちの思い、考え、欲などはすべて肉的なものであるのに対して、御霊とは神の思い、神の考え、神の御心を指す。

私たちが肉に蒔くなら、肉から滅びを刈り取る。自分自身の思いや考えは肉的なものであり、それらは滅びに至る。しかし、もし私たちが御霊に蒔くなら、私たちは御霊から永遠のいのちを刈り取る。

私たちは、種蒔きをし、餌や肥料を与え、それらを成長させるのは、御霊である神との関係性であり、自分本位の考え方ではない。自分本位の生き方は滅びをもたらす。他人への配慮も大切ではあるが、神の思いにそぐわない生き方は永遠のいのちに至らない。

今日主が私たちに願っていることを知り実行し、御霊の働きに関して種蒔く者となりたい。

愛する天のお父様、あなたとの関係において肉の思いに靡くことがないように、聖霊に満たされる一日としてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。