しるしが無くても

イエスは、心の中で深くため息をついて、こう言われた。「この時代はなぜ、しるしを求めるのか。まことに、あなたがたに言います。今の時代には、どんなしるしも与えられません。」(マルコの福音書 8:12)

しるしは、目に見えるもので、とてもわかりやすい。実際、神はしるしを用いて人々の信仰に導いた。御子イエスが地上に来た時も、またその後も、しるしも行われ人々を信仰に導いている。

信仰において、しるしを通して信仰に入る人と、しるしを通さずに信仰に入る人と、おおよそ二種類の人たちがいる。

イエスは信仰を持つ上で強調したかったのは、しるしを通してではなく、見ていなくても信じることだった。

イエスが復活された後、復活を信じることが出来なかったトマスに主イエスは言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」(ヨハネの福音書20:29)

しるしがあって信じるのではなく、神は確かにおられ、私たちの内に働いてくださるのだから、見ないで信じる者になりたい。

愛する天のお父様、あなたを信じます。あなたを信じて歩む者としてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。