主を仰ぎ見る

すると主はモーセに言われた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上に付けよ。かまれた者はみな、それを仰ぎ見れば生きる。」モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上に付けた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きた。(民数記 21:8-9)

イスラエルの民が荒野を旅し、ホル山からエドムの地を迂回しようとして葦の海の道に旅立った時、イスラエルの民は、途中で我慢ができなくなり、神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたはわれわれをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。われわれはこのみじめな食べ物に飽き飽きしている。」

そこで主は民の中に燃える蛇を送られた。蛇は民にかみついたので、イスラエルのうちの多くの者が死んだ。

民はモーセのところに来て言った。「私たちは主とあなたを非難したりして、罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう主に祈ってください。」モーセは民のために祈った。(民数記 21:4-7)

すると主はモーセに言われた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上に付けよ。かまれた者はみな、それを仰ぎ見れば生きる。」モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上に付けた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きた。(民数記 21:8-9)

私たちは主の導きに置いて途中で我慢できなくなり、神とリーダーに不平不満を言いたくなる時があろう。もし私たちが神に不平不満を漏らし、人に漏らすなら、神が私たちの不平不満を喜ぶことはない。イスラエルの民が旗ざおの上に付けられた青銅の蛇を仰ぎ見ると、蛇が人をかんでも生きることができたように、私たちも十字架の上につけられたイエスを仰ぎ見るなら、私たちの罪は赦され、永遠の命を生きることができる。不平不満だけではなく、あらゆる罪を赦してくださる十字架のイエスを仰ぎ見て歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは私たちの主、救い主です。あなたは私たちの人生をよく知り、導いてくださいます。一歩一歩あなたを信頼して歩むことができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。