主の命により留まり旅立つ
〜今日のデボーションから〜
2026/2/21
二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって、去らなければ、イスラエルの子らは宿営を続けて旅立たなかった。しかし、雲が上ったときは旅立った。彼らは主の命により宿営し、主の命により旅立った。彼らはモーセを通して示された主の命により、主への務めを守った。(民数記 9:22-23)
イスラエルの子らが荒野を旅していたのは40年間と言われる。彼らは主が命じられるまま宿営し、また旅立った。
幕屋が設営された日、雲があかしの天幕である幕屋をおおった。それは、夕方には幕屋の上にあって朝まで火のようであった。いつもこのようであって、昼は雲がそれをおおい、夜は火のように見えた。いつでも雲が天幕から上るときには、その後でイスラエルの子らは旅立った。また、雲がとどまるその場所で、イスラエルの子らは宿営した。(民数記 9:15-17)
雲は神の臨在を表す。神が留まるならイスラエルも留まり、神が旅立つならイスラエルも旅立った。
私たちは神の臨在や神の導きを求めているだろうか?私たち一人一人には主なる神から与えられた務めがある。だから主の臨在に思いを向け、主に導きに従うものでありたい。
愛する天のお父様、あなたの導きを感謝します。今日もあなたの務めをする上で自らのすべきことを明確にして、あなたに従うことができますように。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。
