神に栄光を帰する

「定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座にすわり、彼らにむかって演説をした。 集まった人々は、「これは神の声だ、人間の声ではない」と叫びつづけた。 するとたちまち、主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えてしまった。」(使徒行伝 12:21-23)

神に栄光を帰することは殊の外重要である。栄光は神のものだからである。もし私たちが功績を誇り、自分自身の手柄とし、傲慢な心を持つならば、神に打たれる。これはリスクの話ではなく、神の定めである。

「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与える」(ヤコブの手紙 4:6)とあるが、神は高ぶる者に敵対し、場合によってはヘロデのようにその場で即座に打たれることもある。

ある定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座にすわり、彼らにむかって演説をした。 集まった人々は、「これは神の声だ、人間の声ではない」と叫びつづけた。 するとたちまち、主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えてしまった。

神の栄光を自分のものとすることは実に恐ろしいことである。神の栄光は神に帰し、他人の手柄は他人のものとし、謙って生きたい。

「主よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」(黙示録4:11-12)

愛する天のお父様、私たちがなすすべて、この世のすべての栄光はあなたのものです。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。主イエスキリストの御名によって、アーメン。