小さな事を大切に
「聖所のもろもろの工作に用いたすべての金、すなわち、ささげ物なる金は聖所のシケルで、二十九タラント七百三十シケルであった。 会衆のうちの数えられた者のささげた銀は聖所のシケルで、百タラント千七百七十五シケルであった。 これはひとり当り一ベカ、すなわち聖所のシケルの半シケルであって、すべて二十歳以上で数えられた者が六十万三千五百五十人であったからである。」(出エジプト記 38:24-26)
イスラエルの民が荒野で幕屋を建て、聖所のもろもろの工作に用いたすべての金、すなわち、ささげ物なる金は聖所のシケルで、二十九タラント七百三十シケルであっり、銀は聖所のシケルで、百タラント千七百七十五シケルであったという。
これがどんな意味を持つのか?
この数字は六十万三千五百五十人の人たちから集めた金と銀の量であり、ここまで詳細に記録されていることに驚く。
神は私たちの小さなささげ物、1人の人間、一つの親切な行為、些細な場面で抱いた信仰を蔑ろになさらない。私たちが見逃したり、見過ごしたりする僅かなことさえ、神にとっては重要なのである。
「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。」(マタイによる福音書 6:26)
私たちも小さなことかもしれないが、ひとつひとつを大切にしていきたい。
愛する天のお父様、あなたが私たちひとりひとりのことを忘れず、蔑ろにせず、重要視してくださいますことを感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
