手を上げよ
「モーセが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった。しかし、モーセの手が重くなった。彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いたので、モーセはその上に腰掛けた。アロンとフルは、ひとりはこちら側から、ひとりはあちら側から、モーセの手をささえた。それで彼の手は日が沈むまで、しっかりそのままであった。ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った。」(出エジプト記 17:11-13)
私たちが手を上げるのは誰かの注意を引くためであり、また集団に指示を与えるためである。聖書で手を上げるのは、祈り礼拝する時である。(詩篇134:2、1テモテ2:8)
モーセとイスラエルの民はツィンの荒野を旅し、レフィディムという場所にきた。ここはイスラエルの民が水がないとモーセにつぶやき、神がイスラエルのために岩を打つと、岩から水が出て、彼らの渇きを癒された場所であった。その場所はメリバと名付けられた。
さて、アマレクという部族が来て、レフィディムでイスラエルと戦った。モーセはヨシュアに言った。「私たちのために幾人かを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。あす私は神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」
ヨシュアは次世代のリーダーであり、モーセが言ったとおりにして、アマレクと戦った。モーセとアロンとフルは丘の頂に登った。モーセが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった。
長時間にわたる戦いは体力勝負である。「しかし、モーセの手が重くなった。彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いたので、モーセはその上に腰掛けた。アロンとフルは、ひとりはこちら側から、ひとりはあちら側から、モーセの手をささえた。それで彼の手は日が沈むまで、しっかりそのままであった。」
アロンとフルがモーセを両脇から支えたからこそ、「ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った。」(13節)
主はモーセに仰せられた。「このことを記録として、書き物に書きしるし、ヨシュアに読んで聞かせよ。わたしはアマレクの記憶を天の下から完全に消し去ってしまう。」モーセは祭壇を築き、それをアドナイ・ニシと呼び、 「それは『主の御座の上の手』のことで、主は代々にわたってアマレクと戦われる」と言った。
ニシとは私の旗、私のシグナルという意味である。アドナイは神。モーセは祭壇を築いて神に祈り、また礼拝する時に、神は私たちの旗やシグナルとなってくださると告白した。
主なる神を礼拝するとき、神は私たちのために戦ってくださる。主に祈り、主を礼拝したい。
愛する天のお父様、あなたに向かって手を上げ、心を向けて、あなたに祈り、あなたを礼拝します。あなたは偉大な神です。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
