行くべき場所
御使いは言われた。『…ラバンがあなたにしてきたことはみな、わたしが見た。わたしは、あのベテルの神だ。あなたはそこで、石の柱に油注ぎをし、わたしに誓願を立てた。さあ立って、この土地を出て、あなたの生まれた国に帰りなさい。』」(創世記 31:12-13)
私たちには行くべき場所がある。神が私たちを遣わされる場所だ。
ヤコブは一時的とはいえ、数十年の間ハランに住む母方の叔父ラバンのもとで暮らし、結婚して子供を得、財産を得ていたが、主がヤコブに生まれた国カナンの地に帰るように言われた。それはアブラハムに主が約束された土地であり、神がヤコブに与えられた土地でもあったからだ。
ハランでもカナンでも心の葛藤から離れることはできない場所であった。ただ神が望まれる場所、神の計画として遣わされる場所でしかない、
私たちは今どこにいるべきなのだろうか?主は私たちをとこに遣わし、何をしようとされているのだろうか?
辛い過去も私たちの主なる神は見ておられ、私たちの葛藤に対して熟知しておられる。それでも主は私たちに対するご計画を持っておられる。私たちはそのご計画の中にいるのだから、主の遣わされる場所で、主が備えてくださることを行っていくのである。
私たちの人生を主に委ねていきたい。
愛する天のお父様、私たちの人生をあなたに委ねます。あなたが遣わされるところで、あなたの御心を行います。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
