行動に現れる私たちの知恵
「バプテスマのヨハネが来て、パンも食べず、ぶどう酒も飲まずにいると、あなたがたは『あれは悪霊につかれている』と言い、人の子が来て食べたり飲んだりしていると、『見ろ、大食いの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ』と言います。しかし、知恵が正しいことは、すべての知恵の子らが証明します。」(ルカの福音書 7:33-35)
イエスは群衆に向かって話された。ヨハネにしても、イエスにしても、群衆は彼らが行うこと、行わないことで批判し非難した。ヨハネは、はちみつといなごしか食べない禁欲的な生き方をし、イエスは取税人や罪人と友だちであり、酒の席にも顔を出していたことも事実だ。
特に食べ物や飲み物は批判の対象になりやすい。私たちにとって食べ方、飲み方は自分自身や他人に影響を与える。何が正しいかは、それを行っている人が証明するのであり、周りがとやかく言うことではない。
食べ方や飲み方について聖書はこのように教えている。「しかし、私たちを神の御前に立たせるのは食物ではありません。食べなくても損にならないし、食べても得になりません。ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように気をつけなさい。」
「知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのをだれかが見たら、その人はそれに後押しされて、その良心は弱いのに、偶像の神に献げた肉を食べるようにならないでしょうか。つまり、その弱い人は、あなたの知識によって滅びることになります。この兄弟のためにも、キリストは死んでくださったのです。あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。ですから、食物が私の兄弟をつまずかせるのなら、兄弟をつまずかせないために、私は今後、決して肉を食べません。」(コリント人への手紙 第一 8:8-13)
食べるのも飲むのも、良心が弱い人がつまずくことのないようにすることが大切であり、私たちの行動が知恵あるものかどうかは私たちへの影響がどうであったかで証明される。
愛する天のお父様、知恵深く行動できるようにお助けください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
