知恵の正しいことはその働きが証明する
「また人の子がきて、食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する」。」(マタイによる福音書 11:19)
イエスが食べたり飲んだりしていたら「見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者」と批判された。本当のところはどうだったのかわからないが、イエスが「知恵の正しいことは、その働きが証明する」と言っていることから、誤解されていたのだろう。
私たちが何かをしようとすると、批判の矢面に立たされることがある。私たちがやることあれこれに対して、私たちの揚げ足を取る人たちがいるかもしれない。誤解されたり、曲解されたり、私たちを貶めることも起こるだろう。そのような時、大切なのは、「知恵の正しいことはその働きが証明する」ということだ。
私たちが正しく歩み、知恵を持って歩んでいるなら、私たちの働きの信憑性、正当性は証明される。主なる神は私たちの働き、またそれ以上に私たちの心を見ておられる。私たちにできることは、神の御心を求め、確信を得て歩むことだろう。主を信頼して歩んでいきたい。
愛する天のお父様、あなたの前に歩むとき、あなたから確信を得て歩むことができますように。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
