いのちをもたらす悲しみ
「神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」(コリント人への手紙 第二 7:10)
パウロがマケドニアに着いたとき、パウロたちの身には「全く安らぎがなく、あらゆることで苦しんで…外には戦いが、内には恐れが」(7:5)あったようだ。
神のみこころに添った悲しみとは私たちの心の戦い、あるいは状況的に厳しく、私たちを悔い改めに至らせるものである。悔い改めは、私たちが神に向き直ることであるから、神から遠去かるような状況を指して悲しみと言ったが、神のみこころに添った悲しみは悔い改めに至り、さらには私たちに永遠のいのちを与える。
神のみこころに添った悲しみと対称的に、世の悲しみとは、私たちに私をもたらすものである。神との関係を修復することなく、永遠の命を得ることなく、一生を終えるのは、希望のない悲しみである。
私たちは神のみこころに添った悲しみにより、救いに至るのだから、自分自身の内にある罪を悲しみ、神の救いを手にしたい。
愛する天のお父様、私たちの罪がそのままにされている時、あなたから遠ざかったままの人生には希望はありません。あなたに向き直り、あなたを信頼して歩む者としてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。
